2018年2月12日月曜日

ヴァイキングの序曲(プレリュード)と遁走曲(フーガ)

ジャレド・ダイアモンド著「文明崩壊」(草思社文庫、上下)の学習 9

ジャレド・ダイアモンド著「文明崩壊」(草思社文庫、上下)を読んでその抜き書きをしたり、感想をメモしたりしています。この記事では「第6章ヴァイキングの序曲(プレリュード)と遁走曲(フーガ)」の感想をメモします。

1 ヴァイキングの北大西洋進出
ヴァイキングはヨーロッパ内陸部深くを含めて広大な地域に進出していますが、そのうち北大西洋進出イメージ地図が本書に掲載されています。

ヴァイキングの進出
ジャレド・ダイアモンド著「文明崩壊」(草思社文庫、上)から引用

ヴァイキングの北大西洋進出地

2 ヴァイキングの勢力拡大 自己触媒作用
793年を境にヴァイキングの略奪活動が始まり広範に進出を始めましたが、その分析を本書では次のようしています。
歴史上のどんな進出であれ、その契機となったのが〝押す力〟(母国の人口増加による圧力、好機の減少)なのか〝引く力〟(外国を植民地化できる好機、未居住の区域の存在)なのか、あるいは双方の力が働いたのかを追究してみるのも、ひとつの方法だろう。広汎な進出の多くは、押す力と引く力の複合作用を動力としてきた。ヴァイキングの進出についても同じことが言える。ヴァイキングの場合、押す力とは、母国での人口増加と王権の強化であり、引く力とは、入植できる無人の新しい土地や、居住ずみでも裕福で無防備ゆえ略奪可能な土地が外国にあったことだ。

793年以降、押す力と引く力の総和が、なぜそこまで突然に人々を駆り立て、1066年が近づくにつれて、なぜそこまで急速に落ち込んだのか? この問題では、ヴァイキングの広汎な進出を〝自己触媒作用〟の好例と見ることができる。

人間の集団が自己触媒となって広汎に進出していく場合には、ある民族が当初手にした強み(例えば技術的な優位)が利益や発見をもたらし、そのことでさらに多くの人間が刺激を受け、利益と発見を求めて動くようになり、その結果、いっそう多くの利益と発見がもたらされ、いっそう多くの人間が進出し始めて、ついに専有可能な領域を専有し尽くすと、その時点で、自己触媒型の進出が触媒作用を止め、停滞することになる。
ヴァイキングの連鎖反応を始動させた出来事としては、明確なものがふたつある。まず、793年のリンディスファーン修道院襲撃で大量の略奪品を手にしたことことが刺激となって、翌年も襲撃が行なわれ、さらに大量の略奪品を手にしたこと。そして、ヒツジの飼育に適した無人のフェロー諸島を発見したことがきっかけとなって、もっと広くもっと遠方にあるアイスランドを発見し、次に、いっそう広くいっそう遠方にあるグリーンランドを発見したことだ。ヴァイキングたちが母国に略奪品を持ち帰ったこと、あるいは定住に格好の島があると報告したことで、さらにおおぜいのヴァイキングたちが想像力をかきたてられ、さらに多くの略奪品、さらに多くの無人の島を探しに出ることになった。

ヴァイキング以外にも、自己触媒型の広汎な進出の例はある。例えば、紀元前1200年ごろ、ポリネシア人の祖先たちが太平洋を東に向かって広く進出し始めたこと、また、15世紀、特に1492年のコロンブスによる新世界〝発見〟を皮切りに、ポルトガル人とスペイン人が世界じゅう世界じゅうに広く進出していったことが挙げられるだろう。」ジャレド・ダイアモンド著「文明崩壊」(草思社文庫、上)から引用

とてもわかりやすい説明です。

3 6つの植民地の存続と滅亡
6つの植民地の存続と滅亡の概要は次の様に記述されています。
ヴァイキングによって北大西洋の島々に築かれた六カ所の植民地は、同一の祖先から発した異なる社会が確立する過程について、六つの実験を並行して行なったに等しい意味を持つ。本章の冒頭で述べたとおり、これら六つの実験からは、それぞれ異なる結果が生じている。オークニー諸島、シェトランド諸島、フェロー諸島の植民地は、一度もその将来が深刻に危ぶまれることなく、一千年以上存在し続けた。アイスランドの植民地も存続はしたが、貧困と政治上の深刻な問題を克服しなければならなかった。グリーンランドのノルウェー人たちは、約四百五十年を経たのちに死に絶えた。ヴィンランドの植民地は、最初の十年足らずで遺棄されることになった。これらの異なる結果に、各植民地の環境の差が関係していることは間違いない。それぞれに異なる結果が出た原因として、主要な環境上の変数が四つ挙げられる。ノルウェー及びイギリスからの海上距離と航海時間、(事例によっては)非ヴァイキングの住民による妨害、特に緯度と気候によって決まる農業の適否、浸食と森林破壊の起こりやすさに代表される環境の脆弱性だ。」ジャレド・ダイアモンド著「文明崩壊」(草思社文庫、上)から引用
この概要に引き続き、特にアイスランドの土地管理の失敗(特に土壌浸食とヒツジの過放牧)について詳しく記述されています。
またヴィンランドにおけるヴァイキングがサーガの記述と発掘情報から北米先住民と敵対的関係になり短期間で撤退したことが記述されています。

4 感想
・ヴァイングの自己触媒型進出の説明を読んで最初に思い当たったことは千葉県縄文時代の貝塚集落が何回か大規模に発展と消滅していますが、発展とは明らかに千葉県外部(千葉県からみて東方)から人々がやってきたことを示しています。
それは列島中部で押す力があり、一方千葉県に「引く力」があったということです。
列島中部の人口急増等で食えなくなった人々が東京湾の豊かな海岸を発見して、次々に移住してきたということです。
縄文時代の列島に顕著な自己触媒型進出が何回かあったということです。
このように考えると、自分が扱う情報が現代行政区域としての「千葉県」に強く限定されていて、バカバカしい状況にあることに無頓着であったことに気が付きます。
発掘行政や情報提供サービスが県単位であるという社会状況実態に自分が安住していることに恥ずかしさを覚えました。

・アイスランドがバイキングが入植した当初は森林が繁る緑の濃い土地であったことをこの図書の記述ではじめて知りました。現在の荒涼とした風景がアイスランド原風景であるとばかり思いこんでいたので、この図書は自分の認識を大いに変えてくれました。

アイスランドの風景

アイスランドは緯度は高く、一度自然を破壊すると二度と元に戻らないのですが、気候が温暖な地域にあっても自然破壊は人社会に壊滅的影響を及ぼすことを予感しました。また二度と元に戻ってしまえば、過去にあった自然破壊の壊滅的影響を認識しずらくなります。
縄文時代人口急増期の自然破棄が縄文社会に壊滅的影響をもたらしたが、その後の自然復元でその様子がわかりにくくなっているのではないかと、密かに疑っています。


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